◆STORY

 

 西暦二一二〇年──

 

 ここ一〇〇年の間に医療技術は著しい進歩をとげ、『肉体的な死』の存在しない世界へと昇華した。

 

 どれだけ肉体が損壊しようとも、医療機関にかかれば一命を取り留め、やがては完全回復が可能。

 

 その医療技術を手伝っているのが二〇七三年に発見された細胞【VENUS】である。

 

 発見当初はアンチエイジング効果を期待され、美容目的に利用されていた細胞であったが、二〇九一年、研究者ヴィルダーにより『報告書』という名の爆弾が人類に投下された。

 

 

 

 【VENUSによる肉体蘇生】

 

 

 

 そう銘打たれた報告書の内容は至極、シンプルであった。

 

 『VENUSを定期的に投与することで体内で細胞を培養する。肉体が損壊した場合、VENUSの治癒能力を利用して完全なる肉体の蘇生が可能である』という物であった。

 

 これには意見が賛否両論となり、人体への直接投与について決議されるまで一〇年の歳月を必要とした。

 

 そして……西暦二一〇一年。

 

 新世紀の幕開けと共に全人類へのVENUS投与、および人工チップの投与が開始される。

 

 それは……人間が人間を昇華した瞬間であった。

 

 以降、人工チップにより人体の管理が公的機関により行われるようになる。人体データは常にコンピュータで管理され、VENUSの劣化や規定値を下回った場合は公的機関による再投与が義務づけられた。

 

 

 

 西暦二一〇五年──。

 

 万能に見えたVENUSだが、【人体に及ぼす影響】というものが報告される。

 

 至極簡単に言えば【著しく成長・老化しづらい】という事であった。

 

 観測されている限り、個人差はあれど従来の一〇分の一の速度で老化している状態にある。

 

 つまり、生まれたての赤ん坊に投与した場合、一〇年経っても一歳程度までしか成長しないのだ。

 

 翌年、状況を危惧した政府は、成人するまでは人工チップの投与のみを義務づけ、VENUSの投与を行わないことを決定する。

 

 問題発覚から決議までに一年の期間を要したのには、政府関係者……それも上層部しか知り得ないもう一つの副作用にあった。

 

 

 

 【VENUSの投与を中断した場合、成長・老化が急速する】

 

 

 

 その速度は一日で一〇年──。

 

 VENUSの投与を中断してしまえば、既に投与されている全人類が死滅してしまうのだ。

 

 そのため、表向きの理由を【成人するまで】とした。

 

 VENUSの副作用を止めるための研究に与えられた期間は二〇年。

 

 政府はすぐに研究機関【FROGS】を設立し、現在も研究をし続けている。

 

 二一二〇年現在、残すところ六年となっているが……未だ手がかりは何も見つかってはいない。

 

 また、人工チップから読みとるVENUSの値に、まれに異常数値を出す者が現れるようになった。VENUSの劣化・損傷などありとあらゆる可能性を検証した結果、細胞自体には何の特異点も見られなかった。

 

 人々は死のない世界を謳歌していた。【死】の恐怖を取り除くことが成功した世界は、ファンタジー小説で夢見た世界そのものであった。

 

 そんな夢に浸かった人類のはずが……一つ……二つと現れ始めたのだ。

 

 

 

 【死にたいと願う人間】が。

 

 

 

 ただ死にたいと思う程度では、異常数値を示すことはない。

 

 それが祈りに変わり、願いに変わり……その者の思考すべてが死で覆われた時、その数値が異常数値を示すことがわかった。

 

 こんなスバラシイ世界に、そんな狂人がもたらす影響というものは計り知れないだろう。

 

 お花畑で暮らす人類には悟られないように、政府公認の殺機関【HERCULES】を設立したのだ。

 

 研究の結果、VENUSが投与されている者を完全に殺すためには、首を落とし……傷口を燃やすことが効果的であることがわかった。

 

 HERCULESに所属する者は帯刀許可がおり、またフレイムランチャーと呼ばれる小型の火炎放射器を貸与されることとなった。

 

 その殺害方法からHERCULESという名がつけられており、また、細胞の再生能力や特性からVENUSの事を関係者は統一してこう呼ぶこととした。

 

 

 

 【HYDRA】

 

 

 

 人類は超えてはならない一線を超えてしまったのかもしれない。

 

 

MAINSTORY